環境科学国際センター > 試験研究の取組 > 刊行物 > 埼玉新聞連載記事「埼玉の環境は今」その36
ここから本文です。
ページ番号:21621
掲載日:2023年1月11日
埼玉県の魚「ムサシトミヨ」(写真1)を知っているだろうか!知名度は意外と低い。昨年十二月にNHK「おはよう日本」首都圏枠で放映されたが、魚自体を直接見たことのある人は少ない。熊谷市元荒川源流がその生息地で、「昔は群れて泳いでいたよ。」と地元住民からよく聞かされる。流路四百メートルが埼玉県天然記念物に地域指定されている。平成十六年三月末に、ムサシトミヨの試験研究を行っていた埼玉県農林総合研究センター熊谷試験地が廃止されたが、その後は環境科学国際センターが引き継いでいる。
ムサシトミヨは、水温が十~十八度の湧水でしか生息できない大変デリケートな魚だ。元荒川源流の生息地には、昭和三〇年代まで日量二万立方メートルも湧く豊富な湧泉が所々にあった。そこで県の試験研究機関を国の増養殖奨励規則で熊谷市が誘致した。その後、東京オリンピックを境に湧泉が枯渇したため、県が動力による地下水のポンプアップを始めた。現在まで四十四年間継続して地下水を汲み上げてきたことで、ムサシトミヨは奇跡的にこの地に生き残ったのだ。埼玉県では現在、日量五千立方メートルの地下水をムサシトミヨのために流している。人が飲めるほどおいしい水を、言わば生命維持装置として稼働させ、供給することによって、ムサシトミヨはかろうじて生き続けている。
環境科学国際センターでは、生息地における生息状況の把握、生理生態的研究、分布の拡大、危険分散のための旧生息地(本庄・川越)への再導入など、自然状態で安定的に個体群として存続できることを目標に研究している。
平成十七年度に行なった生息数全数調査では、五年前に比べ生息数は半減した。減少した原因は生息地への生活排水の流入、水草の減少等が考えられた。生息域の拡大や生息数が増える要因は全くなく、絶滅寸前の状況だ。下水道が整備されていないこの地区では、単独処理浄化槽が浄化槽の八割を占め、生活排水は垂れ流しの状況にある(写真2)。合併処理浄化槽でも定期的なメンテナンスを行わなければ、浄化の機能は果たさない。
生息地へ流れ込む生活排水は約千五百世帯分で、日量約千立方メートルだ。その生活排水を県と民間養鱒場から放流する日量約二万立方メートルのきれいな水で希釈しているのが現状なのだ。水質測定結果から、生活排水による汚濁の進行が明らかとなり、稚魚や餌となる甲殻類への影響が懸念されている。このままでは近い将来、絶滅のおそれもある。絶滅させないためには、この区域に最低三kmは生活排水を流入させない対策が急務である。京都府と兵庫県の一部に生息し絶滅したミナミトミヨの二の舞になることは、是が非でも防がなくてはならない。世界で唯一熊谷市にしか生息していない希少種ムサシトミヨを守れるとすれば、それは、流域住民の意志と行政の決断にかかっている。
営巣する雄のムサシトミヨ
生息地に流れ込む生活排水
自然環境担当 金澤光
お問い合わせ
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください