環境科学国際センター > 試験研究の取組 > 刊行物 > 埼玉新聞連載記事「埼玉の環境は今」その33
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掲載日:2023年1月13日
一九七〇年代、欧米では湖沼の酸性化に続いて一部の森林が衰退し始め、「酸性雨の影響か」と世界に広まった。日本では一九八六年に関東地方のスギ枯れ(写真)が「酸性雨が原因」と報告されて、一挙に環境問題の関心事となった。酸性雨犯人説が定着し、学校の環境副読本にも「酸性雨による森林衰退」が記載された。
だが、今では欧州の森林衰退の大半は石炭燃焼時に排出される二酸化硫黄による大気汚染が原因と知られている。日本のスギも、環境科学国際センターなどの栽培実験によって、きわめて酸に強い植物であることが分かっている。
それではなぜ、スギが梢から枯れるのか?病虫害が原因でない以上、何らかの環境要因が影響していることは確かだ。
スギ枯れの特徴や分布については以下の共通認識がある。(1)大径木に多く、梢端から枯れ下がる(写真)。(2)七〇年代に始まり、都市や周辺の平野部に多い。(3)光化学オキシダント(大半がオゾン;以下オゾンという)の移流経路や降水量が少ない(年間1500mm以下)地域で著しい。(4)局地的な衰退の大きさは、参道などの孤立木≧突出木・林縁木>林内木の順で、規模の小さいスギ林や道路際の衰退が目立つ、などである。
これらの特徴と整合性のある環境要因は何か?当初、広域の衰退分布や他の植物への影響の強さからオゾンが疑われた。しかし、オゾン濃度の高い寄居や飯能などの寺社林にスギ枯れは多いが、すぐそばの大きな林業用スギ林に梢端枯れは見られない。スギ枯れが目立つ道路際のオゾン濃度が一般環境に比べて10ppb(大気の単位ppbは体積で10億分の1)程度も低いことなどを考えれば、オゾンがスギ枯れの主原因でないことは明らかだ。
一方、スギ林内の湿度は昼間の平均で林外より10%から15%は高い。スギ林の梢の上を2m離れただけで湿度は林外と変わらないほど低下する。これはスギ枯れの局地的分布、孤立木≧突出木・林縁木>林内木と完全に一致する。山の斜面に植えられた林業用のスギ林に梢端枯れがないのは、林内が高い湿度に保たれているからである。埼玉の都市部では一九五〇年以降、湿度が10%から15%も低下しており(図)、七〇年代に急激にスギ枯れが進んだ事実に符合している。
環境科学国際センターが行なったスギの栽培実験でも生長影響の大きさは、灌水量(水やり)≧湿度>オゾンであり、水ストレスの影響が極めて大きいことが分かった。
これらの事実は、スギ枯れの主原因が「大気乾燥化による水ストレス」であることを明瞭に示している。水ストレスは水の消費と供給のバランスできまる。スギ枯れの局地的分布は水消費につながる湿度分布と一致するが、供給側である降水量や土壌の保水力など、地域によって異なる諸条件が水ストレスの強さに影響を与えている。このような水ストレスをもたらす条件は都市化や地球規模の気候変動とともに拡大しており、他の植物への影響も懸念されている。
スギの端梢枯れ(1990年の東松山市箭弓神社)
気温と湿度の経年推移(熊谷気象台)
自然環境担当 小川 和雄
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