環境科学国際センター > 試験研究の取組 > 刊行物 > 埼玉新聞連載記事「埼玉の環境は今」その34
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掲載日:2023年1月16日
(はね)を覆う紫色の鱗粉が金属のように光り輝く美しい蝶がムラサキツバメだ(写真1)。晩夏から初冬の頃に市街地や団地の公園や、工業団地にある緑地帯などでこのモンシロチョウより一回り小さい蝶をよく見かけるようになった。成虫に出会えずとも、幼虫の餌となるマテバシイは緑化樹として盛んに植えられており、葉に残る幼虫の食べ跡や、葉を糸で綴った独特の巣を見つけることは容易だ(写真2)。時にはわらじのような形をした幼虫に出会うこともある。今や、埼玉県内ではマテバシイがある場所なら至る所でムラサキツバメの姿や痕跡を目にすることができる。
しかし、このムラサキツバメが見られるようになったのはごく最近のことだ。一九九九年以前に埼玉県内で観察された記録は一件しかない。ところが二〇〇〇年に二ヶ所で確認されたのを機に県内各地で見つかるようになった。環境科学国際センターでは二〇〇一年の秋から冬にかけて県内の分布状況を調査した。その結果、一七ヶ所でムラサキツバメの生息が確認された。その後の調査や他の報告などから、今や埼玉県では平野から丘陵地にかけて広くムラサキツバメが分布していること分かっている。ムラサキツバメが普通に見られるようになったのは埼玉県だけではない。東京都や神奈川県、茨城県など関東各地で二〇〇〇年以降見つかっており、現在は、ほぼ関東全域に定着している。
そもそもムラサキツバメの日本における分布域は九州、四国、中国地方西部と考えられていた。しかし、一九九〇年代に入るとそれまでほとんどいなかった近畿地方で見られるようになり、それが、さらに北上東進を続け二〇〇〇年に関東地方に入ったのではないかと考えられている。ムラサキツバメは海外では中国南部やマレー半島、台湾などに分布する南方系の蝶である。この様な南方系の昆虫が日本国内で北上東進するといった事例が最近目立っている。大型のアゲハチョウであるナガサキアゲハの分布域は、かつて、九州以南に限られていたが、一九八〇年代には近畿地方で定着し、その後も北上を続け二〇〇〇年には関東各地で記録され、その記録数も徐々に増えている。また、タテハチョウの一種であるツマグロヒョウモンも、一九八〇年代までは主に近畿地方以西でしか見られなかったが、現在は関東地方で最も普通に見られる蝶の一つになってしまった。
この様な南方系の昆虫の北上東進の原因は何か?明確な答えを示すことはまだできない。しかし、過去一〇〇年間の熊谷気象台における気温は、約二.〇℃上昇している。この様な気温の上昇が南方系の生物に住みやすい環境を与えていることは間違いない。埼玉県における気温上昇は過去一〇〇年間の地球全体の温度上昇〇.七四℃より高いが、これは地球規模の温暖化だけではなく、緑地の減少や人工廃熱の増加によるヒートアイランド現象によりさらなる気温上昇を招いたためだと考えられている。
地球規模の温暖化もヒートアイランド現象も、人間活動により引き起こされた環境悪化である。それが生物の分布域の変化といった形で今や日本、そして埼玉県でも顕在化し始めている。
自然環境担当 嶋田 知英
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