環境科学国際センター > 試験研究の取組 > 刊行物 > 埼玉新聞連載記事「自然との共生 埼玉の現状と課題」その9
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掲載日:2023年1月13日
2008年7月28日掲載
植物はCO2を吸収して炭水化物を生産し、酸素と水蒸気を放出する。その根はしっかりと土壌を支え、周囲には多くの動物が生息する。このような植物の機能を基礎に、森林は多様な環境保全機能を発揮している(表)。
例えば、奥秩父の原生林が持つ環境保全機能は極めて重要だ。県境にある甲武信岳付近に降った雨は一旦、森林に受け止められる。そこから流れ出た水は、長野県に下って千曲川に、山梨県では笛吹川、埼玉県では荒川となって多くの人々の水需要を支えてきた。奥秩父に森林がなければ、今の首都圏の様相は全く異なっていたに違いない。
奥秩父に降った雨は森林土壌中を移動する間に浄化され、さらに土壌中に降雨を貯留することで流出を遅らせ、河川流量を安定化させている。この緑のダムの機能は樹木の種類や地形、土壌などで大きく変化するので、長く研究されてきた水源涵養機能であっても、これを一般化して評価することは難しい。
また、その経済的評価は、利水ダムの減価償却費や、地下水涵養分を地下水価格等で代替えして評価されるが、それらは「水源涵養」という機能のほんの一部に過ぎず、全面的な評価とはほど遠い。しかし、このような環境保全機能を多面的に評価することは、森林保全の大切さを広めていく上で重要である。
市場原理が浸透する現在でも、空気や自然の経済的価値はいまだに「ただ同然」と考えられている。生産性は経済効率で測られ、経済効率は投入費用に対していかに大きな生産物の価値を生むかで表される。しかし、持続可能な社会を目指すなら、環境の価値をそこに含めることが必要だ。
つまり、[工業の経済効率=生産物の価値/投入費用]ではなく、[工業の経済効率=生産物の価値/(投入費用+環境修復費用)]とし、膨大な環境修復費用を含めて評価すると経済効率は限りなく小さくなる。目先の利益だけでなく、過去の公害対策や今後の気候変動対策など、環境を復元する費用は限りなく膨大になることを認識すべきだ。
ところで農水省の諮問で、日本学術会議は「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価」(二〇〇一)として、諸機能の経済的評価を行っている。報告に示されているように、機能の一部しか評価してないため総額を示すことは正しくないが、あえて記せば、日本の森林の環境保全機能は約七〇兆円で、概ね国家予算並に評価されている(表)。
埼玉県における森林・緑地の環境保全機能を総合的に評価した事例はないが、「埼玉県地球温暖化対策地域推進計画」(二〇〇四)では、森林による炭素固定量が推定されている。同報告の二〇一〇年の森林の予想炭素固定量は一.六二トン/ヘクタール(一一.九万トン/七万三千四百ヘクタール)であるが、近年、当所で推定した値では二.四五トン/ヘクタールであった。
また、別の手法で推定された国内中部地域の冷涼な天然林の炭素固定量は二~三トン/ヘクタールとの報告もあり、かなりの相違がある。どのような環境保全機能を評価するにしても、地道なフィールド調査を積み重ね、精度を向上させていくことが課題である。また、持続可能な社会への方策を示すためには環境保全機能を評価し、地域や地球の環境容量を知ることが重要である。地球温暖化は人間が地球の環境容量の二倍以上もの炭素を放出し続けた結果であるからだ。
埼玉県環境科学国際センター 自然環境担当 小川和雄
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