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出口雅生

掲載日:2022年9月21日

出口雅生

プロフィール

浦和大学教授・作曲家・スティールパン奏者

東京藝術大学作曲科卒業後、TV朝日戦隊シリーズやCM楽曲などの作曲を多数手がける。2000年よりスティールパン演奏の活動を始め、自身のスティールバンドPeleにより首都圏を中心に数多くのライブイベントに出演。またソロ演奏でもCD「Laving Pan」をリリース。
2017年より、埼玉県障害者アートフェスティバル実行委員会委員。

「障害のある人が奏でる音楽 ~天使の琴・スティールパン~」

「音楽って何だろう?」なんて、普段あまり考えませんよね。様々な障害のあるメンバーと一緒に「Colors(カラーズ)」というスティールバンド※1 の活動を続けていると、時折、「音楽って何?」という疑問がほんわりと私の頭をよぎるのです。

私が埼玉県障害者交流センターでスティールパンのワークショップを初めて行ったのは2016年10月でした。彩の国さいたま芸術劇場で行われるバリアフリーコンサートに私の主催するスティールバンドPele(ペレ)が出演することが決まっており、そこで障害のある方と一緒に演奏することができればコンサートがより盛り上がるのではという思いつきのような試みでした。

バリコンチラシ表

バリコンチラシ裏

平成28年度 彩の国バリアフリーコンサートチラシ


ワークショップ参加者のうち、もっとスティールパンを叩きたい、練習をしてバリアフリーコンサートに出演したいという方が3名いて、コンサート本番に向けた練習を開始しました。しかし、やむを得ない事情により当日演奏できたのはそのうちの1名だけとなりました。このことが、その後、私が障害のある方々とスティールパンを通して深く関わっていく大きな理由となりました。一人きりの演奏を頑張ってくれた方への感謝と、事情により演奏できなかった二人が環境が整った時にはいつでもスティールパンを演奏できる場を作っておきたいと考えたことの2点です。

数回のワークショプを重ね、翌年、同じように演奏の機会をいただけた彩の国バリアフリーコンサートでは、5名の障害のある方々と私のバンドPeleが合同演奏することができました。前年一人で頑張ってくれた参加者も続けて参加でき、この時、この5名のバンドに「Colors」という名前をつけました。メンバー色とりどりの「個性」とスティールパンの特徴ある「音色」をかけたものです。このバリアフリーコンサートは私にとって、長い音楽経験の中でも最も記憶に残る幸福な時間の一つとなりました。

この2018年のバリアフリーコンサートがきっかけとなり、Colorsはたくさんの場所で演奏の機会をいただけるようになりました。Colorsのホームと言える埼玉県障害者交流センターの催しや地域の公民館での演奏、障害者アートフェスティバルやVIVA LA ROCKけやきひろばでの演奏などです。2020年には、東京オリンピックに向けて日本各地のアーティストがパフォーマンスを繋げていく「東京キャラバン」に埼玉県代表アーティストとして選ばれ、参加しました。
写真1
彩の国バリアフリーコンサートでの演奏メンバー
写真2

 


 

 



 

 

埼玉県障害者交流センターでの演奏

写真3
VIVA LA ROCK2019 ガーデンステージ出演

またメンバー個人の事柄になりますが、最年少のメンバーが学校の文化祭でスティールパンのソロ演奏を披露したり、ほぼ毎回練習参加しているメンバーが主治医の先生から音楽活動を推奨(投薬量が減ったとのことです)されたりしたことなど、嬉しいニュースもたくさんありました。
しかし良いことばかりではありません。メンバーの心身の不調、メンバー同士の軋轢、新型コロナウィルスの影響による活動の制限など、Colors全体の活動やメンバー個人の参加に対しての困難を挙げれば、こちらもきりがありません。

話を冒頭に戻し、私がColorsの活動を通して「音楽って何だろう?」とよく考えることについて少し述べます。私たちは普段「洋服」を着ているように、普段耳にしているほとんどの音楽は「洋楽」の影響下にあるものです。この「洋楽」の特色は「作品中心」の思考方法にあります。才能に恵まれたものが生み出した「作品」によって音楽文化は「進化」し、その作品を適切に解釈し、演奏、鑑賞することが正しい音楽の方法だという考え方です。この「作品中心」の考え方はクラシック音楽のみならず、ポピュラー音楽や民族音楽(ワールドミュージック)の価値を私たちが考える際にも無意識のうちに立ち現れる(厄介な?)ものです。
一方で、音楽の価値を作品のみならず、演奏、聴取、楽器製作、環境サポートなどその音楽に関係する全ての行為の総体として捉える視点(クリストファー・スモール※2 が提唱した「ミュージッキング」と言う考え方など)もあり、私はトリニダード・トバゴ※3 の社会ムーブメントとして生まれ、成長してきたスティールパン音楽を考える際には、こちらの考え方に立つべきだと考えています。

Colorsの練習は私がスティールパンを積んだ車で交流センターに到着するところから始まります。メンバーと台車に出迎えられ、こちらが心配になるほどの勢いで楽器や機材の搬入をしてくれます。交流センターのスタッフから応援の声がかかり、メンバーの家族も準備に加わってくれます。
楽器の演奏方法、楽曲の選択やアレンジはメンバー次第です。一人一人が最も楽しく、最もストレスなくその楽曲を演奏できることを最優先し、生まれたばかりの子猫が少しずつ成長するようなやり方で、曲(バンドの演奏全体)を育てて行きます。最初は演奏が難しいリズムや音形も、数ヶ月で簡単なものになっていくので、また少しずつより楽しめるように変化させていきます。スティールパンという独特な楽器を通したメンバー一人一人(私やサポートをしてくださる方々を含めた)の広い意味での音楽経験の積み重ねがColorsの個性となり、この経験の総体にColorsの音楽の価値があるものと考えています。

写真4
平成30年度 障害者アートフェスティバル in SONIC

最近、新たなメンバーが3人加わり、Colorsの音楽がいっそう多様に華やかになりました。新型コロナウィルスの影響が残るものの、練習もコロナ以前と同じように行うことができ、年末から新年にかけ大きな本番を3つ控え、それらに向けての準備をしています。

Colorsの旅は続きます。

 

※1 様々な種類のスティールパンによる楽団の呼び名
※2 ニュージーランド生まれの音楽家、音楽教育・研究者(1927 – 2011)
※3 カリブ海東南端に位置する、トリニダード島とトバゴ島からなる共和国